我が道を行く東北人Tommyの日々の記録です。美味しいものをおいしく食べることが好きです。歌舞伎と落語が好きなチェロ弾きです。


by kazeyohuke-byun
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一時停止。

数日前、
電車で約20分、
同じ沿線でこんなにも近い距離だったのに間に合わず
病院へ向かう途中で訃報が届きました。


元々無音は苦手ですが、
たどり着いた救急外来棟も
その後移動した霊安室も
世の中こんなにも無色になってしまうものだったろうか、
と思うほど色がなく静かで、
そこにいる人間を包んでいたのは
なかなか火のつかないお線香の香りだけでした。
外は大粒の雨なのに。


運ばれて心臓が動き出してからは
「あとは本人の生きる気力次第」
という言葉を医師から言われていたそうです。
私がたどり着いたのは息を引き取った直後。
記憶に残るのは太い笑い声。


帰り道、ホームのベンチで電車を待ちながら
自分の心臓の音を聞いて
生きる気力、生きる源って何だろう、と。

自分が以前書いた
「やりたいことリスト」や「弾きたい曲リスト」を眺めていると
こういうものを遂げようとすることも活力の1つになるのかなとも思いました。
もちろん強く望んだからといって弾けるとは限りませんが…

その中の一つであり
霊安室にいる時にふと自分の中に流れてきたのがこちら。

途中で筆が止められた終曲(最晩年のJ.S.Bach自身の急激な視力低下による。諸説あり)。
自分にとってこの終曲は
この作品の中で最も深い存在です。
80分近く弾き続け、もはや何曲弾いたか記憶もなく、
そうして迎えた終曲こそが集中力との闘い。
自分がこの曲から想起する色は天鵞絨なのですが、
演奏した時は色が次第に昇華していくように感じたのを覚えています。

J.S.Bachの時代も修辞学の影響を多大に受けている時代。
この作品に散りばめられているPassus duriusclulusのフィグーラ(特に下降型)は
胸を締め付けられるような、
しかしとても美しく響き、重なっていくものばかり。
学生時代に受けた修辞学の授業は
当時は知識を詰め込むことだけに必死でしたが
実際に作品に触れていくうちに
宝物のような授業だったのだと改めて思います。


何かを放たれたかのようなラスト、
どう紡たかったんだろう…






さてちょっと諸々あり今自分がいるのは
昼夜関係なく電子音の海。
身体から伸びているいくつもの管がカラフルで可愛い。。
今日からは窓際に移動です。
大都会の中にもこんな空が広く見える病院があるんだな…
b0174350_19302768.jpg
空が見えるのは良いこと。 
かつて大学に入る前、よく空の写真ばかり撮っていたことを思い出しました。

救命センターの病室なので人の往来が激しいのですが、
動いたり寝返りしたりすると管が絡まって大変なことになるため
(その都度看護婦さんを走らせることになってしまった…)
こちらはベッドの上でじーっと。ぼーっと。
携帯は電池なくなるので最小限。
病院の音を聞いて、人の声を聞いて、
ひたすらじーっと。ぼーっと(再)。
突然のことだったため読む本も楽譜もなーんもないし、
車椅子許可も降りないから買いに行けない…。
いわゆる「ヒマ」というものです。
一番苦手…



面会時間が短く
お見舞いに来てくださった友人や先輩と
お話する時間もあっという間。

生きていて良かったと思いながらも
あまりに歩みの遅い時の流れに
目の前の色がだんだん薄くなってきました(眠いだけ)
というわけでこれでもかと言うほど眠ろうかなとzzz






でも、何としてもひとまず明日明後日には退院します。
というわけで明後日15日はこちら。
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Beethoven交響曲第5番2楽章のとある三箇所を
この数週間いったい何度さらったか分かりませんが!
何度ため息ついたか分かりませんが!
でも、うん、やっぱり、良い曲、、!




そして16日はこちらのアフタヌーンティーの時間帯に演奏致します。(13:10〜17:10)
ご都合よろしければぜひお越しくださいませ。
それでは何度目かの昼寝へ、、、

ではまた。

by kazeyohuke-byun | 2019-06-13 20:36 | Comments(0)